いつもありがとうございます。生きがいラボの福留です。
給与明細を開いたときに、少しだけ気持ちが揺れる。そういうことがあるかもしれません。金額が思ったより多ければ誇らしく、少なければ自分が低く見られた気がする…。
今日は、給与額とその人の人間としての価値は関係がない、という話を書きたいと思います。これは私の哲学でもありますが、自己申告型給与制度を運用していくときに、とても大切な前提だと思っています。
要点を先にお伝えします。一つ目は、給与額は業界や職種や会社の状況で決まる部分が大きいということ。二つ目は、人の価値は本来は数値で表すことができないということ。三つ目は、自己申告型給与制度は、給与額と人間の価値は無関係だという前提に立ちながら、未来の貢献を会社と語り合う仕組みだということです。
ティール組織にマッチする人事制度を考えるときにも、この人間観が出発点になると感じています。

目次
給与明細の数字で自分の値打ちを測ってしまう背景
多くの人事評価は、社員さんを点数やランクで並べます。並べられれば、人はどうしても自分と他者を比較してしまいます。給与額は、そのなかでもいちばん比較しやすい数字です。
お金は本音が出やすいテーマです。タブーに近いからこそ、金額の差に感情がついてきます。「あの人より低い」という思いが、幸福度の物差しになってしまうこともあります。
ただ、他者との比較から生まれる感情は、その人が本当に大切にしたいものとは別のところにあり、真の生きがいは他者との比較からは生まれないと私は考えています。
給与額が人の価値を表しているという錯覚(あえて錯覚という強い言葉を使っています)は、私たちの日常のなかに深く根付いています。たとえば、書店でもお金の稼ぎ方に関する書籍が山ほど出版されていますし、売上規模が大きい会社や売上の成長率が高い会社の方が「すごい」という評価を得たりしていますし、社員さんの給与水準も高かったりします。
比較しやすい給与額と数字が、その人の価値を表すような錯覚は、こういう背景をもとに起きてしまっているのだと思います。
給与額は業界と職種と会社の状況で大きく決まる
同じくらい丁寧に、同じくらい誠実に働いていても、勤める業界が違えば給与額は変わります。あるいは、同じような成果を創り出していたとしても、会社の利益の水準が違っても給与水準は変わります。景気や採用の動きでも変わります。
また、職種においても、お金という経済的価値を生み出す営業などの職種は高い給与水準になりがちであり、バックオフィス系の職種はそれよりも低くなりがちです。
つまり給与額は、その人の能力や努力だけで決まっているわけではありません。外側の条件が大きく作用しています。
そう考えると、給与額をそのまま自分の人間としての価値の証明のように受け取るのは、理にかなっていないと思います。仕事は人生の一部分にすぎませんし、給与額はその一部分の、さらに外側の事情に左右される数字です。
もう少し根本的なことをいうと、世の中には、その高い社会的意義とはかけ離れて低い給与水準の職種もあります。たとえば、エッセンシャルワーカーといわれるお仕事のなかでも特に医療・福祉系や公共サービス系のお仕事です。また、子育ては極めて大切な営みだと思いますが、給与が発生することはありません。
このような現実を見て、給与額と人の価値はなんの関係もない、と私は考えています。
老荘思想の万物斉同と、ドラッカーさんの問い
私は老荘思想に共感することが多いのですが、そのなかに「万物斉同」という考え方があります。ものごとに優劣をつけて一列に並べる見方から、いったん離れてみる。そういう世界の眺め方です。
ピーター・ドラッカーさんは、人を管理の対象ではなく、信頼されるべき存在として見ていました。そして「何によって貢献できるか」を一人ひとりが考えることを大切にしています。ここでも、人の価値が点数で並ぶという発想は出てきません。
成人発達理論では、成長とは正解を外に置かなくなることだといわれます。給与額という外の物差しを、自分の価値の答えにしないこと。私はこれも、同じ方向を向いた考え方だと感じています。
自分には価値がないという思い込みを抱えていた
正直にいうと、私自身、長いあいだ「自分には価値がない」という思い込みを抱えていました。何かで結果を出さなければ、ここにいてはいけない気がしていました。
その物差しで自分を見ているあいだは、給与額のような外の数字に、いつも心が引っ張られていました。今も完全に消えたわけではありませんが、自分の人生を主体的に選択してきたことで、徐々に「自分には価値がない」という呪縛から解放されてきたように思います。
そのような自分自身の体験からも、給与額と人間の価値は別のものだ、という前提に立つことが、私にはとても大切なのだと思います。
自己申告型給与制度は、給与額と人間の価値は無関係だという前提に立つ
自己申告型給与制度では、社員さんご本人が会社に給与額を申告します。そのとき考えるのは、大きく三つです。どんな貢献をしていきたいか。それがどれくらいの給与に見合うか。どんな働き方をしたいか。
ここで語り合うのは、過去の成果への値づけではありません。未来に向けて何をするか、です。給与は、会社と社員さんの共同責任による、未来への投資額だと私は考えています。
数値化しづらいことも対話のテーブルにあげて、経営者さんと社員さんが一緒に探求していく。給与額が一人の人間の価値を表すわけではない、という前提を持てているからこそ、金額の話も落ち着いてできるのだと感じています。(配分のバランスへの配慮は、その上で必要だと思います。)
おわりに
給与額は、その人がどんな人間かを測る数字ではありません。業界や職種や会社の事情が大きく作用する、人生の一部分を切り取っただけにすぎない数字です。
一人ひとりが、外の物差しではなく自分との対話から生きがいを見いだしていける。そういう環境をつくるお手伝いを、これからも続けていきたいと思います。それが私の願いです。
次回は、情報の透明化とパートナーシップについて書きたいと思います。
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