給与額にまつわる錯覚
- カテゴリ:企業経営
一昨日はあるお客さまで、9月に行った投資委員会を受けて、
投資額(=給与額)を決定するプロセスを見直す会議を行いました。
※当社のNo Rating型人事制度では、給与を投資と位置づけますので、
給与を決める会議を投資委員会と呼びます。
■給与額は何を意味するのか?
私は2010年から、
評価制度で点数をつけない人事制度の設計コンサルティングをしていますが、
給与を決める会議のファシリテーションをするたびに感じることがあります。
それは、給与額がその人の「人間としての価値」を表わすという錯覚が、
非常に根深く存在していることです。
このことは、偏差値という画一的な数値によって競争させられてきたことの
弊害なのだと思いますが、
人間の価値は、何かの数字で比較できるようなものではありません。
ましてや給与額に関しては、
金融などのお金との距離が近い業種の方が平均的に高くなりますし、
1つの組織のなかでも、人件費という制約条件のなかで決まっていくものですので、
給与額は、その人の価値を表わすものではありません。
しかし、給与という他者と比較できるモノサシがあると、
その大小がその人の価値を表わすという錯覚が生まれてしまうのです。
この錯覚を持っていると、
給与を決定する経営陣・管理職は必要以上にナーバスになりますし、
社員さんは給与額を見て一喜一憂することになります。
■お金の力から解放されるためには
給与額が自分の価値を表わすと感じていると、
どうしても他者との比較によって一喜一憂してしまいます。
お金の力は、そういう錯覚を生み出してしまう強力なものです。
お金というものが、この世からなくなることは想像しづらいので、
給与額によって感情を揺り動かされないようにするには、
お金の力よりも強い「精神力」を持つしかありません。
そのために必要なことが、
自分で自分の生き方を選んで、「決断」するということです。
自分が生きる道を決めて、その他の道を「断つ」ことができると、
他者との比較で自分の価値を測る必要がなくなります。
人間の価値というのは、数値に表わすことができませんので、
他者と比べることもできません。
私は、No Rating型人事制度の設計・運用コンサルティングを通して、
そのことをお伝えしていきたいと思っています。